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プロフィール
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入社6年目になりました。
毎日の感想文など綴る予定です。
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飲み会続きの今週は、金曜日には既に「絞りカス」状態ではあったけど、 「LeaningBar:高業績プロジェクトマネジャーの育成を考える」に無事、当選できたので、参加した。 東大中原准教授が主催するセミナー(の一種)。
いやあーーー、すっごい面白かった。 絞りカス状態でセミナーに参加すると、たいてい船を漕いでしまうのですが、 今回は全然。3時間があっというまでした。
日立が常磐大学と合同で実施した「高業績を出せるプロジェクトマネジャーは、どのような行動・思考特性をもっているか、さらにはどのように育成すればいいのか?」という研究の発表。
あらかじめ分けられた「デキルPM」と「普通PM」の行動特性を探ったらしい。 ここで注意すべき点は、「普通PM」も決してパフォーマンスが「低い」わけではなく、PMにまで上り詰めている「凄い」人、という点、とのこと。
で、その2つの行動特性を計測した結果・・・ 簡単に言うと、「デキルPM」は、「周囲を巻き込む能力に長けている」。
・困難なプロジェクトに遭遇した時に、「普通のPM」は、「問題分析」「現状把握」に注力する傾向があるが、デキルPMは「問題解決案・構想」にパワーをかける。 ・「体制づくり」も、まだすべてが明らかになっていない点で着手する。 ・キックオフミーティングにはスタッフ部門も呼ぶ ・「たたき台」を出すのが早い。みんなで揉んで完成させる、というタイプ。
「Know whoを知っている」「いかにその人たちにアクセスできるか」が大事、、、と。
なんという興味深い調査分析! これは使える。凄いインプットだ・・・と、終始感動してしまった。 また、それぞれのタイプがお互いを評す言葉が、これまた興味深い!!! デキルタイプは普通PMのやり方を「彼はよっぽど優秀なんですね」と感心し、逆のパターンは「そんなやり方では発散してしまうだろう」とあまり良い評価を下さないんだそうな。
これは面白い。凄く面白い。
そして、質疑の際に、伊東先生が話されたことがこれまた勉強になった。 質疑の内容が「普通のPMをデキルPMに育成することができるか?」「デキルPMを採用・育成するにはどうしたらいいのか?」に偏りがちだったのを「人の問題じゃない。個人の特性は変えられないんです」とバッサリ。 一瞬、参加者が??という感じになった後、「これは組織の問題でしょう」という提言。 おおおおおおおお。そっか。そういうことかーーー。
ひっじょーーーーに勉強になりました。行って良かった!!! ここ数カ月、停滞していた感じがやっと抜けてきた感じがする・・・かも。 来週からがんばろーっと。
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今週は3日連続で「いつのまにか」寝てた。 久々に飲み会続き。 ちょっとだけ・・・のつもりで寝転がったら気がついたら朝、パターン。 お肌にもお財布にも地球にも優しくないわ〜・・・。ちくしょう。 火曜日。 以前の担当の課長さんが異動になって部長に昇進とのことで壮行会。
一次会で帰る心づもりが、やっぱ壮行会っつうとそうもいかぬなーってゆうか酔っ払ってテンション上がっただけなんですけど。 K新部長にゆかりある方々が集まった飲み会。 幹事Kさんの抜群の心配りで、プレゼントにワインが贈呈されたり。素敵。 相変わらず毒舌(笑)の皆様も・・・。 某営業さんがけちょんけちょんに言われてました。一方、「彼はまだマシ。ちゃんと出来る」と言われてた営業さんもいるんだけども、以前、同期からその人を評して「鬼・ありえない」と言ってたりして・・・人とゆうものを一面だけ見て評することの馬鹿馬鹿しさを再確認した。自分との相性もあるんだろうしね。「あいつ、使えない」ってレッテルを貼ってしまうことは、ひいては自分自身の可能性をも潰してしまいかねないな、と感じたので気をつけようと思った。 まあ、自分自身が直接接して判断するならまだいいんだけど、人づての噂には振り回されないようにしなくてはな、と。 部長の異動の理由・・・「この生活はずっと続けていけないと思った」って聞いて驚愕した。 その部署は激務で有名で、脱出する理由は大半がそうなのは知ってたんだけど(てゆうか半ば私もそうだ)、彼でさえ、そう思うのかあ。。。と意外だった。その後、すぐに話題が移ってしまったから詳しいことは聞けなかったんだけど、もっと聞きたかったなあ。 二次会でも酔っ払いつつ楽しくお酒。最近結婚を表明した先輩にイタ電したり。 いつものごとく方向が同じKさんといろいろ喋りながら帰宅。あんまり話した内容覚えてないけど。 彼は自分の働き方が結果的に部下を放出する原因になったことは自覚してるのかなあ・・・と、今になってぼんやり思う。聞けないけど、本人には。 でも、その理由・・・忘れないと思うよ、私。
翌日は前の担当の同窓会。 プロジェクトが離散して2年近く立っているのにも関わらず脅威の出席率で総勢20名ほど。 幹事K先輩にはほんと感謝。 開催のきっかけは一緒に働いてたメンバの転職。 転職先は某MS(全然、某じゃない)だそうでびつくり。同い年だし、転職するって決意が凄いなあと尊敬。 その他、昨年結婚した先輩の奥様がご懐妊したり、Tさんが激やせしてすっかり若返ってたり・・・二児の娘の父・Mさんの体育会仕切りで、ことあるごとにおめでとう!と乾杯。 そのうち、Mさん引っ越し、とか、Kさんレーシック手術成功とか、どうでもいいことで乾杯して遊ぶ。 あっぱれ、酔っ払い。楽しい。 良いチームだったんだなあ、、、と改めてしみじみ。 そこで働いてた頃は、私自身は、連日の残業と常にちんぷんかんぷん状態の仕事への向いてなさから、鬱状態に陥っていた時期なんだけど、それにも関らず、全く嫌な思い出になっていない・むしろ「ホームタウン」ともいえるほど懐かしい場所になっているのは、一重にこのメンツの素晴らしさだったんだと思う。 思えば、途中脱出・休職、という選択肢を提示されたこともあったけど、(真っ先に離散したとはいえ)最終局面まで続ける、ということを選んでよかったな、と。 まあ、なにぶん、満身創痍だったんで、その分、周囲にかけた迷惑も大きかっただろうけど。 あの頃があるから、今があるんだなーと思った。
人生はうまくできているなあ。
当然「一次会で・・・」という目論見は吹っ飛ばして、二次会。 懐かしの築地駅前「笑笑」。 この時点で我らがボス・S課長、泥酔。 何をしゃべっても、殴られるわ、蹴られるわで大変(笑)。 面白かったから、いいけど。(人によってはキレていいとこだろ、ってくらい殴られたが 笑) 一緒に仕事していたころは、とにかく凄いデキル人だけに「絶対服従」しか考えられなかったけど、少しずつ、生意気な口もきけるようになりました。 もっと頑張ります!笑
終電間際に解散。また次回もやろうね!と誓いながら。 終電を逃した泥酔状態のSさんは、先輩Kさんに連れられていって、どうなったろう・・・と思っていたら、あとになって、某地下鉄の駅で吐いているところを、偶然とおりかかったKさんに発見され、タクシーで収監されたらしい、との情報。 なんという幸運。すでに「APチームの奇跡」として伝説化されす様相を見せています。
やっぱり、人生はうまくできているなあ。
2日間とも主賓の新たな出発を祝う飲み会だっただけに感慨深い。 幹事の皆様、本当にありがとうございました。 楽しい時間をくれたみなさまにも、ほんとう心からの感謝っつうか幸あれ。
木曜日は18時から恒例の職場飲み・・・だったんだけど、 18時半から某幹部との打ち合わせ(泣)。 さっさと終わらせて飲もう・・・と思ってたら、相変わらずの熱い話に圧倒され、気がつきゃ8時半。 まじっすか・・・・。 まあ、少し合流して、少し飲んで、終了。 この日は、時間も遅くなっていたことだし、みんな、その場から動かなかったので、二次会に行かずに無事帰宅。 でも・・・気がついたら、また、そのまま寝てしまっていた・・・反省。
予定表を見た上司から「夜の予定がすごいね」と言われた1週間でしたが、楽しかった。
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面白かった。 博報堂に勤務する広告マンの「考える道具」=「考具」の話。
「アイデアは企画のもと」 「アイデアに完璧さは不要」
「アイデアは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何物でもない」 覚えておこう。
こんな「考具」が紹介されてました。 ・カラーバス ・聞き耳を立てる ・ちょいメモ ・「7色いんこ」 ・フォトリーディング ・臨時新聞記者 ・アイデアスケッチ(手書き) ・ポストイット ・マンダラート ・マインドマップ ・アイデアスケッチ(PC) ・連想ゲーム ・オズボーンのチェックリスト 転用したら?応用したら?変更したら?拡大したら?縮小したら? 代用したら?置換したら?逆転したら?結合したら? ・ブレーンストーミング ・5W1Hフォーマット ・タイトル ・ビジュアライズ ・マンダラート ・企画書 ・アイデアマラソン ・問いかけの展開
アイデアを生み出すためには、以下のステップを踏む必要がある。 1.普段からアイデアのネタ素をいろいろ貯め込んでおく 2.目前の課題についての特殊知識や必要な情報をさらに頭に入れる 3.貯め込んだ中から、使えそうなネタ素・情報を引っ張り出す 4.引っ張り出したネタ素・情報を組み合わせて新しいアイデアを生む
読みやすいし、かなりおすすめ。 刺激になる。 けど・・・終章で筆者も書いてあるように「本に書いてあることを実践できる人はたった1パーセント」なわけで・・・私もその99%なのかもなー。 うむ。 「くだらないことでもなんでも紙に書く」くらいは試してみないとな・・・
あと「大事なのは、とにかくアウトプットし続けること」を忘れないこと。 どうしても、アウトプットってのは時間がかかってしまって、後回しにしたあげく、まあいっかになってしまいがちなんだけど・・・意識しよう。
「現場を知っていると、企画に説得力が生まれます。」という言葉も。 大規模な調査をする必要などないんだと思うし、自分では何もない私は、現場の情報だけが頼り・・・とか実感した。 うん。面白かった。読んでよかった。
主題とは関係ないんだろうけど、読んでいて「そりゃ、こういうやり方がしみついてる『広告代理店』という職業が、あちこちを『巻き込んで』金を稼いでいけるのは当然だなあ」と思った。 何かムーブメントを起こすためには、こういうやり方が絶対に大切。 正しいことを難しい論文で発信するだけじゃ、いい加減、ダメだ。
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40年前の本だけど、全然古いとゆう気がしない。 (一部、コンピューターにまつわる箇所は時代を感じるけども) 情報の整理、知的創作活動・・・やり方がかなりわかりやすく書かれている。 参考になる、、、けど筆者のようにマメに出来るかどうかは全く自信がない・・・です。 とにかくとっちらかったデスク、PCを扱いきれない悩みがこれで解決するかなあ、、、と思いきや、行動しないと意味がないのよね、うーむ。
メモを「カード」に書きつけて、とにかく分類していくというやり方。 さらっと書いてあるけど、かなりのマメさを必要とする気がする。 でも、「知的生産」が生業たる者、それくらいやらないと「プロ」とは言えないんだろうな〜・・・ プロへの道はなんて険しいんだ!! 気が遠くなる・・・・ ちなみに「知的生産」とは「頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら−情報―を、ひとにわかるかたちで提出すること」。 この定義で考えると「知的労働者」のはずの自分の会社ですが、社内のほとんどの人が「知的生産」をしていないことがわかるなあ(毒)
カードとそのつかいかた、きりぬきと規格化、整理と事務、読書方法など・・・これが発表された当時、反響が大きかった理由がよくわかる。 そういう「技術的」なことって本当にあんまり見かけないもんねえ。 まあ、でも、最近は、ネットの発達により、格段に収集はしやすくなったとは思うけど。
印象に残った事柄をいくつかピックアップ。 筆者は、「知的生産のために必要な部分空間は、四種類となる」という。仕事場と「事務所」と、資料庫と材料置き場。 いや、東京の住宅事情じゃ、無理でしょ、と思いつつ、理由を読んで納得。 「うっかりすると、事務的な処理に時間とエネルギーの大部分をとられても、自分では、けっこう仕事をしたという気になりやすい。事務がかたづいただけでは、創造的な知的生産は、なにひとつおこなわれていないのである」 おおおお、そのとおり。 某オフィスで「シンキング・スペース」を設けているのは、実に合理的なんだな、ということは。 あんまり使われていないのがとーっても残念なんですけど。
また「知的生産の技術」を駆使する目的は、「能率の問題ではない」という。「ひとつの要点はできるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱気流をとりのぞくことだといっていいだろう」つまり「努力によってえられるものは、精神の安静なのである」と。 ふむふむ。 たしかに・・・メールや書類見つからないとイライラするものねえ・・・ わかっちゃいるけど片付かないのよ!!!デスクが!! うーむ・・・・お部屋は奇麗に片づけられたので、不可能ではないと思うんですけど。継続課題です。・
「引用」に関する記述も痛快。 「引用ばかりでは気恥ずかしい」「他人の本をたくさん引用した論文をかくには、はじめから本をよむときに『引用してやろう』という身構えで読んでいるのだろうと思う。」 「たくさん本をよんで、それから縦横に引用して何かを述べる。いかにも学問的で、けんらんとしているようにみえるが、実はあまり生産的なやりかたとは思えない。」 「むしろ一般論としては、引用の多いことのほうがはずかしいことなのだ。それだけ他人の言説にたよっているわけで、自分の創造にかかわる部分が少ないということになるからだ」 ほほーーー。 そうか、時々、「あ、これ面白い。メモっておこう」と思う箇所が、その筆者が書いたものではなく「引用部分」だったりすることがあるんだけど・・・そういうことか。 確かに引用ばっかりの本って、知識がたくさん得られて面白いのは面白いんだけど・・・それは筆者にとってはちゃんと考えたほうがいいってことなのかもね。
あと紙を並べて組み替えて解体してホッチキスで組み替えたりする「こざね法」。(この記述では何がなんやらわからんと思うが) 「この方法のいいところは、創造的思考をうながすことであろう。ばらばらな素材を眺めて、いろいろとくみあわせているうちに、おもいもよらぬあたらしい関係が発見されるものである」。 パソコンは、あまり「こざね法」を運用するのによいツールではないから・・・だから、現代より一昔前の知識人のほうが斬新なことをいっぱい考え付くのか?とぼんやりと思った。 それだけが理由じゃないと思うけど。
「国語と国文学はまったくべつの教科と考えては、どうだろうか」という提言は、本当に40年前のものとは思えない。 「国文学の授業は、国文学専攻の人がうけもてばいい。しかし、国語の問題、ひいては文書の問題は、むしろ、情報工学の問題としてかんがえたほうがいいのではないか。大学でいえば、工学部に情報工学なり言語工学なりの学科をgつくり、その出身者が担当するようにするのである。」 「将来の日本文明における知的生産の技術、とりわけ文章によるコミュニケーションの重要性を思って、こういうことも考えてみたのである」 鋭いです。
あとがきで、「情報時代にはあたらしいしつけ」が必要になる、と書いてあって、すごく刺激になった。 「むかしの人は、物をたいせつにする、という点では、きちんとしたしつけを身につけている人がおおおい。しかし、情報をたいせつにする、という点では、しばしば、まったくしつけができていない」 「情報の生産・処理・伝達について、基礎的な訓練を、小学校・中学校のころから、みっちりとしこんでおくべきである」
・・・こういう人が文部科学省に入ればよかったのになー。 しかし、名作。古典的っていっていいのかな。 この人のほかの本も読んでみたいな、と思いました。
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