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プロフィール
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入社6年目になりました。
毎日の感想文など綴る予定です。
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水曜日。 幹部の就任披露パーティーとやらに行った。 予想以上に人でごった返してて「何で!?」とゆう感じだったけど。 思ったより知ってる人も少なかったしー。 とはいえ、懐かしいメンツにたくさんお会いして楽しいっちゃ楽しかったけど。 前よりは慣れたけどああゆう華やかな場はまだまだうまく動けないのー。早く大人になりたいです。 とりあえず、モトは取ってやらないと、と、ローストビーフを3皿ばかし食べとく。美味しかったなー。(大人はそんなことはしない) 会の終了後、「記念撮影」とかで、出入り口でその幹部と流れ作業的に写真撮影。まるで結婚式披露宴後の光景。花嫁居ないけど。 バタバタとした会でしたけど、お祝いできてよかったなあ、とは思いました。
終了後、知り合いから「もう一軒どうですか?」ってことで行っとく。東銀座まで。 珍しいメンツ。面白い。 某部長の話とか(笑)。組織文化による向き不向きがあるんでしょうなあと盛り上がったり。 うち一人の方が以前本社の中枢部署にいたこともあり、日頃知らなかった話なども聞けて満足。 やめられんなあ。お酒は。 「序列」にこだわる人の話とかね。ああ、うざい。どうでもええやないか。そんなことにこだわってるから、生産性が上がらないんだ(毒) とかとか。 なにげにけっこう飲んだので、駅までの道でぶらぶら歩いたりもしましたが、楽しい一夜でした。
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著者による市民講義の内容をまとめた本らしいけど、なかなかに意欲作というか面白かった。勉強になりました。 問題は山積み。 悲観的になりすぎてもしょうがないけどね・・・・むーー。
だいたい、「まずいよなあ、この状態は」と思うところと合致していると思う。 多少斜め読みしたところもあったけど、知識として持っておこうかな、と。 「現代の日本が格差社会である所以は、なによりも、相対的に恵まれない人びとが、生活水準と発言権において劣悪なワーキングプアになっていることにほかならない」 残業しないと手取りが20万切ることに気づいて最近かなり凹んでるんですが・・・それでもまだ相当にマシなほうと言えるこの国の状況はやっぱり変な気がする。
不平等には機会の不平等と結果の不平等がある。 「結果の格差をあれこれいうのは悪平等論に通じる。不遇の貧しい階層にとどまるのはいわば「自己責任」なのだ。能力が不十分な人、努力や意欲の足りない人に手厚すぎる生活水準を保障することは、結局はすべて国民の生活の向上をもたらす、市場経済のもとで成長をさまたげる・・・」という「結果格差の容認論」に筆者はこう言う。 「現存する結果の不平等を肯定する見解に強い嫌悪を感じます。この嫌悪が立論の出発点です。」
そう。 このへんぶれないようにしとかないと、ことカイシャという組織においては、 行き過ぎた資本主義を前提とした能力主義論者に流されてしまう。 競争は厳しい。環境は予断を許さない。「ぬるい」考えは捨てよう。 その理論が間違ってるとは言わない。 けど、「いきすぎた資本主義」に危機感を覚えるのも、それはそれで大事なことなんじゃないかなあ、、、と思ったりするのでね。うん。 死ぬほど必死で働ける人しか、まともな生活が出来ない世の中は変でしょう、どう考えても。
データというものをどこまで信用していいか、恣意的に取られている可能性もある、とはしたうえで、それでもさまざまなデータは日本が「貧困」であることを述べている。 「等価可処分所得の中央値の50%以下の所得しかない人の人口比」である貧困率が26カ国中5位であったり。 上位10%の所得の下位10%の所得に値する倍率も4.9倍で5位。
「結果の格差を問わず機会の平等のみを重視するという立場は、往々にしてノンエリートを、能力や努力の不十分な競争の敗者とみなします。」 「私の議論は、ノンエリート労働っやたちが、競争の敗者としてうずくまることなく、その立場のままで 誇りをもって生活できるような社会こそが追求されるべきだという地点にゆきつきます。」 こういうことを言うと、すぐ「甘いことを言うな」「状況は厳しいんだ」的なことを言う人がいるんだけど・・・それを当たり前のこととして受け入れなくてもいいんじゃなかろうか。 それは小娘や学者の甘い考えなんかねえ。わからん。絶対違うと思うんだけどさー・・・ 当然、この本にもそういう国際比較データが豊富に示されていて、「へー」と思って読んだ。 企業規模におる賃金格差は日本は他国に比べて圧倒的に高いんだそうな。 一体、どういう構造でそういうことになっているんだろう。 解明するのはかなり困難を極めそうだけど、是正してもいいんじゃないかな、と思う。単純に。
本書ではその理由を「組合」に関係して述べていた。 日本では、労働者の賃金は、ひとえに、それぞれの企業の「支払能力」が要因となる、ということ。 当たり前だと思っていたんだけど・・・ほかの国では違う、ということが書いてあって、驚いた。 国によっても差はあるものの、外国では「同一賃金・同一労働」の思想が根付いていて、それぞれの「会社」単位以外でも組合が機能している、と。 「万国の労働者が手放していない賃金決定の規範性とは、企業の枠を超えた技能別・職種別賃金の標準化、同じような仕事をする労働者の賃金はどこで働いていても同じ水準であるべきだということです」 本に「日本も高度経済成長時代はその側面もあった」と書いてあって、言われてみればそうだなあ、と思った。
「私たちの国では、まず勤める企業が違えば、次に雇用形態が違えば、賃金が違って当たり前という考え方のほうが完全に常識化しています。だけど、これはこの現実に貫徹している経営イデオロギーをそのまま規範としているだけのこと。それでいいかというと、それは違う。インターナショナルな規範性の欠如から、日本の労働者は、巨大な企業規模間賃金格差、業務委託した関連企業の労働者の低い処遇、「社員」でない非正規労働者の差別的な低賃金などの、結局すべて承認してしまっている」 本の中では「春闘の終焉が格差をうんだ」と書いてあったけど。
また、「欧米のノンエリート労働者は一般に、個人の働きぶりを査定して賃金に差をつけることを拒みます。日本的経営の諸施策のなかで欧米に移植することがもっとも難しいのは、査定賃金にほかなりません。」と書いてあったのも、「へえ」と思った。知らなかったー。
日本企業でもグローバル企業とかあると思うんだけど・・・いったいどうやっているんだろう。 そのへんの記述が無かったので、知りたいな、と思った。今。
職務給と職能給の歴史で、日本企業が「職務給原則のほうが賃金額の直接的な節約にはなるにしても、職能給はそれなりに大きなメリットがあると考えた」理由として「技術革新を受け入れやすい」という点があったんだそうな。 「たとえば溶接部門をロボット化すれば溶接工は役割がなくなります。ところが日本では欧米と違って、ロボットの導入に対する労働者の抵抗はほとんどありませんでした。なぜなら、日本では溶接部門にロボットが入れば、溶接工は賃金の変動もなく社内の別の仕事に変わる・・・ここに職能給が関係しています」 なるほど。一理あるのう。
けれど、そこに「生活態度としての能力」の問題が絡んでくる、と。 日本の企業が正社員へ要請する能力。「フレキシビリティ」。 要は「なんでもやります」ってことですな。 「仕事上の要請を柔軟に飲み込むことができるためには、仕事中心・会社第一の『会社人間的』な生活態度がどうしても必要とされるからです。ふだんの生活態度、余暇のあり方、家庭の営み方なども、直接的・間接的に会社の評価にかかわってきます」 で、ここまで読んでて思ったけど、うちの会社なんかも「プロフェッショナル」「専門性」云々で、職務制へ移行させようという動きがあるわけですけども、そういうこれまでの「フレキシビリティ」の考え方からの転換が全然できてない気がして、矛盾が生じてるんじゃないか、と思った。 少なくとも、マネージャー世代は全くついてこれていないでしょう、時代の変化に。 うむーー、今後、出てくるだろうなあ。いろいろな問題が。 どういう形で出てくるか、想像もできないけど。
で、本はここから、いきすぎた個人成果主義の問題などに移る。 「強制された自発性」によるノルマ管理の話、とかね。 目標管理とかいうけど、結局、管理者が高い目標を設定するように誘導していることがほとんど、と。 で、女性の差別に関する話とか「おおおおお!!!そう!!これ!!これ!!」と思った。 これは面白かった。 「現実に駆動している能力主義管理に無批判な論者は、女性差別や中高年差別はもうないといいます、。しかし、多くの企業は労働者各層が、ワークライフバランスを享受できないような、働きすぎを強いるようなノルマを課しておいて、その達成いかんで能力の有無をはかり、それをもって処遇格差を正当化しています。これは、実質的な差別、いわゆる間接差別に苦しむ労働者を累積させる不当能力主義管理にほかなりません」 「決められたノルマが達成されるか否かによって「能力」が評価されるとする。しかし、そのノルマが月80時間とか100時間の残業がなければ達成できない水準であれば、多くの女性は、中年後期の従業員は、身体が頑健でない人は、ノルマを達成できないわけですから能力が低いとみなされる。けれど、それがたとえば月20時間くらいの残業で達成されるような水準であれば、能力があるとみなされる労働者の範囲ははるかに広がるでしょう」 これは「ダイバーシティ」云々にも通じる分析だと思う。 ひじょーーーに示唆に富んでるってゆうか、わかりやすい。 これは覚えておこうと思った。
あとは「ふつう格差社会論では扱われないふたつの問題」として、「日本の労働時間」と「公務員」についても描かれていた。 労働時間については・・・もう口がすっぱくなるほど(?)言ってるけど、日本人の労働時間は長い。そして、生産性は低い。これなわけでございます。 一律型、個人選択型 「フルタイムのあり方が変革されねばならないと主張したい」と著者も言っているけど、そうですよねえ、やっぱ。 さらに「短時間雇用者」は「経済的自立が困難」という状況。 「週50〜60時間が『精鋭』会社員の『ふつう』または『標準』の働き方であるという事態が放置されたままだと、短い労働時間を選んだ労働者は、正社員身分を失わないまでも、基幹労働者になることはできず、職場の第二軍におちいりがちだからです」 「要するに、日本では、「ふつう」とされる「標準」が国際比較的に見て異常なのです。 あー、溜飲が下がるわあ。 「パートタイマーが非正規雇用でない国のほうがむしろ多い」というのはびっくりしました。 グローバルグローバルというのなら、このへんも国際水準に合わせられないもんかね。 ワークシェアリング、という概念については、もうちょっと詳しく知りたいんな、と思った。
ふー、もりもりメモを書いてしまった。疲れた。 頭でっかちになってもしょうがないなあ、と思いつつ・・・大事なことがいっぱい書かれているな、と思ったなかなか良い本でした。 お役人に読んでほしいわねえ。読んでも響かなそうだけど。 普通の働く人にも読んでほしいけど・・・あんま読んでくれなそうだわ、と思った(笑) 何を変えれるわけでもないのがもどかしいが・・・・。まあ、思ってたことと同じことを考えてる人もいるんだな、と思って安心しました。
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風水師を主役としたホラーというかミステリーというかの小説。 島田雅彦とかに慣れてるからか、「うーん、ちょっと荒削りだにゃー」と思ったけど。 犯人の自白とか、抵抗してた人の降伏とか妙にあっさりしててご都合主義なんだもの。
でも、面白かったです。ストレス解消。 シリーズものらしいので、全部読もうと思った。 風水、面白い。興味津津。機会があったら勉強してみよう。 「東京は地下鉄を作った時に、地下の龍脈をぶったぎってしまった」とかロマンすぎです。怖いけどさー。 そして、高温多湿の日本で西洋建築だとカビが大繁殖・・・とかほんとですか。怖いっす。
どうでもいいけど、風水師が調べものを国会図書館とかでする描写は時代を感じたなー。 今だとネットだものねえ。
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