仕事とプライベート、遊びと勉強、マジメといい加減、仏と鬼、理想と現実、もろもろ。ベストなバランス探してます。
でも極端なのも面白い。色んなことをすぐ忘れるので、日々の出来事を日記に書いています。 SEを経て管理部門に異動になり2年です。



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ナチュラルハイ
ナチュラルハイ―わたしを超えるわたし (ちくま文庫)ナチュラルハイ―わたしを超えるわたし (ちくま文庫)
(1996/05)
上野 圭一

商品詳細を見る
**********************************************
内容(「BOOK」データベースより)
“ハイな意識状態”とは何か。ハイは私達に何をもたらすのだろうか?生理学、医学、心理学、宗教学などさまざまな分野からアプローチを試み、解き明かす―心と身体を癒すハイ・ワールドへの招待状。
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あやしい本(笑)。
でも、嫌いじゃないので、すいすい読む。

”「わたし」とはどこからどこまでのことを言うのか”という問い。自己超越としての「ハイ」。
主にASCという「意識変容状態(Altered States of Consciousness)」について書かれた本。
「この本は<ハイ>を探しているあなたに、人々に消費をあおるようなアルコール産業や製造産業、娯楽産業やセックス残業に依存する方法以外にもハイになる方法はたくさんあるのだということをお知らせするのが目的です」
うーん、オカルトだわ。

「ナチュラルハイ」の意味は、「からだにいいハイ」「こころにいいハイ」。

「自律神経」と「随意神経」の意味をちゃんと初めて知った。
”自律神経の「自律」は「人間の意志とは別に勝手に働いている」という意味”。
またの名を「不随意神経」。
ほうほう。なるほど。

人間は「生まれながらに、ときどき意識を変えてみたい」動物だそうな。
”文学を発明する以前の古代人の意志決定は主として右脳によって行われ、それは幻聴のように「あたまのなかで響く声」というかたちで伝達されていたそうです。”
あー、こういう話好きだわー。
いつかまたそういう世界に戻ることがあるのか、とか妄想するの大好き(笑)

ハワイの先住民であるフナ族のあいだでは、人間には三つの「わたし」があると信じられているそうです。「低いわたし」「中間のわたし」「高いわたし」。
「低いわたし」はフロイト心理学でいう「無意識」の「わたし」。
学問が発達するより前に昔の人は、世の中の真理をわかっていたのねえ。

「宗教のもっとも基底部には細かくわけるとアニマティズム、アニミズム、シャマニズムの3つの意識の層がひそんでいるといわれています」。
アニマティズムは、自然界のあらゆるものが「生きている」と見る、原始的な思考。
アニミズムは、ものからは一応独立して、ものに宿る霊魂があるとする思考。
シャマニズムではシャマンがトランス状態になって精霊と直接に出会い、精霊の助力によって治療や占いの仕事をする。

「感無量寿経」の瞑想法の話とか詳しく書いててほーっと思った。真剣に勉強する気はないけど(笑)
「日想観」「水想観」「地想観」「宝樹観」「宝池観」「宝楼観」とか・・・
「幻視や幻聴が意図的にできるようになったところで、ようやく仏のイメージの瞑想に入ります」とか、さらっとおかしなことを言うのが、面白いなああ。

「中国では健康法・霊的修行・超能力開発・武術・芸能など、異なった目的のために開発され、それぞれ別の名称で呼ばれていた身体儀本を1960年代の前半に「気功」ということばでひとつにくくったという歴史があるからです」

「シャクティー」というのがインドの女性原理であるそうな・・・ああー一時期はやったあれってそういう由来があったのねえ。ふーん。

と、まあ色々と防備的にメモりましたけども、
一番「♪」と思ったのは、「ハイに近付く食べ物」として「トウガラシ」が書かれていたこと。
うふ。辛いもの大好き。遠慮なく食べさせて頂きましょう。

ジレンマ
最近、モチベーションが上がらない。。。
理由の一つがわかった。
自分のやっている仕事の効果・成果は”定量的に”しっかり計測できたほうがいい。
その為には、データや根拠は多い方がいい。それは当然だと思う。

けれど、私の仕事の場合、そのデータは、自分で取得するものというよりは、対象者の人(主に現場のSE)に「聞かなければならない」ものなので・・・・

「この仕事をすることにより、こういう効果が出ました」と自分が説明する為にはヒアリングやらアンケートやらをしなくてはならなくなってくる。

当然、精緻な質問をすればするほど、定量的な効果は図りやすくなるんだけど・・・・
それって聞かれるほうからしたら、うざくね?と思うわけです。
「あなたはこれを知っていますか」「これを理解できましたか」
大雑把な質問ならまだしも、精密に聞くのってどうなんですかね。

そう思ってこれまでは「必要最低限」を聞くようにしてきたんだけど、最近、なんだか「出来るだけ精緻に」を求められてる気がする。
振りかざされるのは、”効果の測定”という「理論」。

悪気は無いし、真剣に頑張っているのはわかるけど、我々のような「スタッフ職」は、SEにかける負担を最低限にしなければ、という配慮も必要なわけでそのバランスが重要だと思う。
事前・事後に20問も30問もアンケート送られたら、私だったら、萎えるんだけど・・・。

ジレンマだにゃーーーー。

でも書いて、ちょびっとすっきりした。
「バランス感」が、上司とずれてるんだな、これ。完全に。
ちゃんと相談しなきゃ。むきーーーー。